九百六回目

おじさんが亡くなってしまった。

おじさん。

めっちゃ好きだったとかそういうわけでもないのだが、子どもの頃はよく家に来てたまに遊んでもらったり。

結婚式にも来てくれて、10万円包んでくれたのは実はとても嬉しかった。

俺も人の門出にはケチくさくしないようにしようと思ったものだ。

でも社会人になってからは年末年始か法事で会うぐらい。

ここ2年は年末年始も来なかったので、最後に会ったのは婆さんの7回忌だか。

娘を会わせられたのは良かったけど、結局それが最後になってしまった。


葬式出ようかと思ったんだけど、来なくていいというので行かないことに。

でもどうも、葬式に出ないと死んだっていう実感が湧かないんだよな。

おじいちゃんは死んだ時の遺言で葬式をやらなかったのだが、そうするとどうも死んだんだか死んでないんだか、区切りがない。

亡くなって、亡骸をみると初めて死を実感する気がする。

おばあちゃんが亡くなっておでこ触ったときの冷たさは衝撃だったな。

一生忘れないだろう。


というわけで、実は葬式というイベントが結構好きだったりする。

最近はどうも葬式は金だけかかってムダだと思われがちだが、意外と役割はあると思うんだよね。

子どもの頃の最も印象に残っているイベントは、肉親の死と葬式だろう。

葬式から学ぶことって多いし、多少お金かけてやってもいいと思う。

葬式文化もうまく次世代につないでいく方法ってないのかな。